34.ありふれた魔法で








どうしようもなく落ち込んだり、
訳がわからないぐらいへこんだり、
自分でも何がどうしてこんなに哀しいか、解からない時がある。



「……結局、全部じぶんが悪いんだけどね……」



相手の顔色ばかり伺って、嫌なことを嫌と言えない自分。


結果、色んなことをめいっぱい背負い込んで、
自分自身で身動きがとれなくなって、
終いには本当にしたかったことすら出来なくなる。


大切な誰かに迷惑をかけてしまう羽目になるのだ。



「……はぁ……ったく、自分でも嫌になっちゃうなぁ、
 ……この性格……」



いつもの任務。
相手はレベル1のAKUMAだけで、
怪奇現象の元だったイノセンスは程なく回収。
そしてすんなりと教団へ帰れるはずだった。


……はずだったのに。


何故かアレンは、イノセンスを回収した山の麓の村で
熱を出して寝込んでいた。


初めはイノセンスの力で破壊されてしまった橋の修繕工事の手伝い。
その次はAKUMAに一家の大黒柱を殺されてしまった家の修繕。
怪我人を病院に運ぶ手伝いと、
おおよそエクソシストの仕事とは縁遠い用事を村の人たちに頼まれては、
嫌と言えずに働き続けた結果がこの始末だ。



「怪我人の世話をしようって奴が、過労で熱出して寝てりゃ世話ねぇな」



仏頂面の黒いエクソシストが、真っ赤な顔で寝込むアレンのベッドサイドに腰掛ける。



「……ホント……すみません。
 けど、神田は確か一足先にホームへ戻るって言ってたんじゃないですか?
 ……どーしてまだここに?」
「お前みたいなお人よし、一人で置いてけるかよ。
 後で、コムイにどやされるのは、この俺なんだからな?」



無愛想な言葉とは裏腹に、額に添えられた手の感触は酷く優しい。



「それにお前のこった……一人にしてたら、どうせまた勝手に落ち込んで、
 無理するに決まってんだろ」
「……神田……」






悔しいけど、この人には何でもお見通しだ。






本当は、イノセンス目当てにやって来たAKUMAが暴れたせいで橋が決壊し、
その下敷きになった村人が、何人か犠牲になってしまったのだ。


それはおおよそ自分の責任とは言い難い。
けど、それでも、心のどこかに村人を救えなかったという気持ちが残っていた。


もう少し早くイノセンスを回収していれば……。
AKUMAの気配をもっと早く察知して、
戦う場所さえ選んでいれば、
村人を犠牲にしなくても済んだかもしれないのに……。


亡くなってしまった父親に縋りつき、泣きじゃくる妻と子供。
その姿を見てしまってから、必要以上に仕事を買って出ては、
まるで罪滅ぼしのように働いていた。
こんなふうになってしまったのは、全部自分の至らなさからだと
自分を責めて、責めて……責め抜いた。


それが判っていたからか、神田は自分が任務以外の仕事をすることを
無理やり止めようとはしなかった。
そればかりか、無理をして熱まで出した自分をこうして気遣ってくれている。
きっと自分の本当の気持ちなんて、この人にはとうに見通されているに違いない。



「それに、お前の本当の仕事は、
 AKUMAが再びこういう悲劇を、生み出さないようにすることじゃねぇのか?」
「……そう……ですよね……」



熱で涙腺がゆるくなっているのか、
その言葉を聞いて、次から次へと涙が溢れ出てきた。



「……あれ……へんだな……別に泣きたい……わけじゃっ……」
「つまんねぇ意地はってんじゃねぇよ……
 それに……泣きたい時は、思い切り泣けばいい……」
「……っっ……かんだっ……!」



しゃくりあげる僕の髪を撫でるようにしては、くしゃりと前髪を掻き揚げる。
その仕草が心地良くて、僕は余計に涙を零した。



「思いっきり泣いたら、あとは思いっきり寝ろ!
 ……で、熱が下がったら、すぐに此処を出発だ。
 それまでここに居てやる。だから余計なことは考えんな」
「……うん……」



さっきまで燻っていた感情が嘘のように溶けていく。
曖昧な慰めでも、表面だけの優しさでもない。
この不器用な恋人は、こうしていつも張り詰めた僕の心の糸を緩めてくれる。
その言葉は決して優しいものでなくても、
僕の心の氷を溶かしてくれる唯一の魔法だ。


ひとしきり泣いたら、どこかスッキリしてしまって、
あとは大好きな恋人がこうして傍に居てくれることを、
殊更嬉しく感じてしまう自分が居た。



「……かんだ……だい好きです……」
「は?……んなわかりきったこと言うな」
「……ふんだ……嬉しいくせに……」
「うるせぇ!」
「うるさくても何度でも言ってやりますよ? ダイスキ、ダイスキ、ダイスキですっ!」
「……はぁ……お前なぁ……つまんないことで騒いでないで、おとなしく寝てろ!」
「大丈夫ですよ……だって僕が元気のない時は、
 神田がこうして元気の出る魔法をかけてくれるんですから……」
「魔法? そりゃまた随分ありふれた魔法だな?」
「キミにとってはありふれた魔法でも何でも、ボクにはとっておきの魔法なんです!」



そう言って少しだけ拗ねると、神田は呆れたように小さな溜息をついた。
そして諦めたようにゆっくりと近づいては、耳元でこっそり呟く。



「そんなに魔法にかかりてぇなら、かけてやるよ……
 ぐっすりと良く眠れる、とっておきの魔法をな……?」
「……えっ……?」



その後、神田にとっておきの魔法をたくさんかけられて、
ぐったりと倒れこむように眠りに付いた僕は、
まる2日間寝込んだ末、元気を取り戻した。


何かを吹っ切る様に村を後にした僕に、
父親を亡くした子供たちが、また来てねと笑顔で手を振る。
そんな光景に目を細めながら、
自分のちっぽけさを今更ながら思い知る。



「ねぇ……かんだ……」
「……あ?……」
「やっぱり、僕はまだまだですね……」
「何言ってんだ?今更?」
「ホント……キミにモヤシって呼ばれても、文句言えないやって思っちゃいます……」
「だからいつもモヤシって、呼んでやってんだろぉが?」
「もう……酷いなぁ……
 けど、かんだ…ホントに…いつもありがとう……」



本心だった。
この人は、いつだって自分のことをちゃんと見ててくれる。
そしていつもこうして元気をくれる。


めったになくしおらしい台詞を言ったからか、
神田が少し照れくさそうにそっぽを向く。
だが、そんな神田が可愛いと思ったのも束の間、
彼は不敵な笑みを浮かべてこういった。



「確かに…お前を元気にできる魔法を知ってんのは、俺ぐらいだろうな」
「……かっ……かんだぁ〜!」



頬を撫でる春風が二人を優しく包み込む。






ねぇ……キミの何気ない仕草や、かけてくれる言葉のひとつひとつが、
僕にとっては全部が素敵な魔法だってこと……。


キミは……知っているんだろうか……?


 









                                 

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<あとがき>

ご無沙汰しております;
何だか、久しぶりのお題小説になってしまいました(-o-;)
何だかんだ言いつつも、病人に手を出してるあたり、
神田もいい加減鬼畜だと思うのですが、そこはさらっとスルーしていただくとして……vv
これからは、オフの合間にサクサクと小説もUPしていこうと思っておりますので、
今までの放置をお許しくださいませ…(*_*)


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